#2-3 障害という「個性」を持つ子が「選べる」仕事をつくりたい

育Workerインタビュー#2 白羽玲子さん 第3話
育Workerインタビューお2人目は、現在中学生の長男と、発達障害(知的障害を伴う自閉症スペクトラム)の診断を受け現在特別支援学校・小学部に通う次男の育児をしながら仕事を続けてきた白羽玲子さん。2014年に独立し、障害のある方の就労訓練の場ともなっている珈琲自家焙煎店「縁の木」を運営されています。

白羽玲子さん
(「縁の木」を運営)

第3話(最終話)はこの「縁の木」事業立ち上げ時を振り返りながら、育児と仕事に対する白羽さんの想いについて、お話いただきます。
第1話:仕事も育児も「不満を言う相手」には選択させるのが一番?
第2話:発達障害の診断から、息子と自分の進路を決断するまで
聞き手・構成:本サイト運営人 小林麻理

私は先に死ぬ、息子はどうなるのか

―2014年、会社から独立し、珈琲の自家焙煎店「縁の木」を立ち上げられます。そのころの心境を改めてお聞かせください。
1999年に父が、2011年には母が亡くなり……、そこで強く再認識したのが「親は先に死ぬ」ということ。つまり「私は先に死ぬ、息子はどうなるのか」ということです。もしも私の母が心配していたように、自閉症の子は完璧には親離れしないのだとしても、親は先に死ぬのです。多少のお金を残したって、それで安心とはいかない。障害年金制度などはあるけど、国の補助はいつ切られるかわからない。補助がなくても食べていくためには、稼ぎを増やすしかない。

でも、工賃が月1万円以下という福祉作業所もあるくらい、収入は良くないんです。自分が得意なことを見つけて働きたいとなっても、選べる仕事がほとんどないし、あったとしても、稼ぎがとても少ないというのが現状です。

ならば、私自身が、息子が選べる仕事をつくろうと思ったのです。もしも彼自身が選ばなかったとしても、選択肢をつくるということが、間接的に息子のためになると考えました。
珈琲の焙煎作業自体ができなくても、内職のような仕事も含めて珈琲豆焙煎店には多くの手仕事がある、障害を抱える人の仕事のバリエーションを増やすことはできる。そう考えて、店を立ち上げることにしました。

お店の場所は地元の蔵前。長男の通う小学校からも至近でしたし、支援学校で何か困ったことがあっても、すぐに行ける場所、ということで決めました。翔泳社のある新宿区からだと呼び出しがあってから1時間かかってしまうけど、ここからなら15分ですから。

店のカベ塗りに集まった友人たち

「囲われない場」で多様性を感じてほしい

―開業前にお会いした時、「知的障害を伴う自閉症の場合、イレギュラーを嫌う反面、正確性を求められる繰り返し作業は得意などの傾向がある。そうした得意を活かせる仕事をつくるんだ」とおっしゃっていた事がとても印象に残っています。あれから5年。現在、白羽さんは「縁の木」で働いている間、学校が終わった次男さんはどのように過ごしているのですか。
次男は、デイサービスで過ごし、あわせて移動支援なども利用しています。こうした支援は、昔はなかったものです。ですから、障害のある子を持つ私より年配の親の方からは、「私たちに働く選択肢はなかった。あなたたちは制度に守られていてうらやましい」というようなことを言われることがあります。

たしかに、私がフルタイムで働けるのもこうした支援があるおかげです。そしてそうした言葉から、デイサービスなどの「囲われて支援を受ける場」が整ってきたために、障害のある子と健常者とが交わる機会が減ってしまっているという事にも気づかされました。

そのため「囲われない」、誰もが交わる機会をつくりたいと考え、障害のある子を含めたいろいろな子どもたちが食事に集う子ども食堂「わいがやキッチン」を今年の春から始めました。月2回程度、夕飯時に子どもは無料でご飯が食べられる場です。その運営主体として立ち上げたのが一般社団法人「縁のわ」です。

集まる子たちの中には、発達障害の子も、呼吸器をつけた身体的に障害を持つ子も想定しています。場所を好意で貸してくださっているのがお医者様なので、頼もしいということもお話しています。健常者の子にはそういう子たちと普通に触れあって「知って」ほしいのです。
一方の、障害のある子にとっては健常者の子とともに食事をすることで、外で食事をする練習の場にもなることを願っています。また、障害を含む、なんらかのつまずきを抱えるお子さんを育てる親にとっても、相談や情報共有ができる場にしたいという気持ちもあります。

「障害」という言葉にとらわれすぎない

―わが子に障害があるのではないかと悩まれている方へ向けて何かアドバイスはありますか。
子どもの様子が「あれ、おかしいかも?」と思ったら、病院や地域サービスなど、相談できる場所にとにかく早めに相談することをお勧めします。私自身の経験を振り返っても、わが子に「障害」があるのではないか、とは誰しも思いたくなくて、相談が遅れてしまいがちだからです。もし、悩みがあるのであれば相談にのってもらったほうがいいですし、子どもにとっても、療育が必要であれば、始めるのは早ければ早いほうがいいと思います。

―わが子に「障害」があるのではと悩んでいること自体、人に言えずに抱え込んでしまう場合もあるかもしれませんね。
悩むことは決して恥ずかしいことではないですし、「障害」という言葉にとらわれすぎないことも大事だと感じています。「子ども」はみな同じ、だから英才教育という名のレールに乗せてお金をかければ、親が望むような人間が出来上がる、というふうに思われていた時代もありました。でもいまは、赤ん坊1人ひとりに産まれたときから個性があって、同じように育てても同じように育たないらしい、ということがわかってきています。

ですから、私は「障害」という次男の特性を「個性」だと捉えています。子どもの「個性」というものは、一般的に長所だと思われていることや、大人にとって都合の良いものだけではありません。
そして、「障害」と名前が付けられたこの個性では、これから「生きづらさ」を感じるかもしれないという状況において、どうしたらそれが軽減するかを、親として第一に考えてあげたいという想いが強いです。

なにより大事なのは、親がわが子の障害という個性を「受け容れること」だと考えています。「縁の木」に障害を持つ様々な方が就労訓練にいらっしゃるなかで感じるのは、自分が親や身近な方に「受け容れられていない」と思っている方は、社会との関わりへのハードルが高い傾向があるということです。
たとえば、自分自身が否定されてきたとか、不登校で怠けものと言われてきたとか、そうしたことが心に残って実家に帰りにくいとか……、親に対してわだかまりを抱えている方が実は多いのです。
逆に、社会との関わりへのハードルが低い方は、自分が障害という個性も含めて「受け容れられている」と感じている方が圧倒的に多いと感じます。

「縁の木」は、私の長い「終活」の一環

―一般的に短所だと思われていること、親にとっては望ましいと思えないことも含めて子どもの「個性」を受け容れるということは、どんな子を持つ親にとっても大切なことだと感じます。そしてそれは、子どもと長い時間、一緒にいることとはまた別の視点ですね。
それでも、なにかと「時間」だとは言われます。次男の問題行動が出ると「お母さんが仕事で忙しいからですね」と言われることもあります。そこに理由が求めやすいからでしょう。「障害のある子がいるのにフルタイムで働くこと」自体、あり得ないと受け取られることもあります。

―そうした状況のなかで、働くこと自体を辞めたほうがいいのではないか…と思ったことはないですか。
それはないです。なぜなら、障害のある子を育てながら今の仕事をするということは、私が信念をもって選んだことだからです。人生は1回きり、その中の分岐点で自分が選んだ選択肢には自分で責任を持たなければならない。だから「これで良かった」と私は思うようにしています。自分の選択に家族を巻き込んでいるのだから、なおさらです。

また、いまは、年金受給開始の年齢がどんどん上がっているなど、夫婦ともにずっと働かなければ食べていけないのではないか、という時代です。ですから、制度とともに意識の面でも、障害のある子がいる親がもっと働きやすい環境になればいいなと思っています。

―本当にそうですね。これまで、白羽さんが育Work(育児しながら仕事)を続けてきて、良かったと思うことを改めて教えてください。
私は1つのことに何かと重くなるタイプなので、育児と仕事、2つの世界があったからこそ、それぞれで行き詰ることなく、これまでやってこられたと思っています。そしてなにより良かったと思うのは、たくさんの人とつながりができたということです。仕事を通じて、在籍していた会社の人たち、取引先、お客様……様々な人と出会い、つながることができました。
育児もです。長男のおかげで、PTAなどでつながる人もいるし、次男のおかげで、障害のある子たちや、その親、支援者……本当に多くの人たちとつながることができて、感謝しています。仕事と育児を通じてできた、人とのつながりが私の人生を支えてくれているのです。

―「縁の木」や「わいやがキッチン(縁のわ)」は、白羽さんの育児と仕事におけるそれぞれのつながりと想いがクロスする場所、という印象を受けます。今後の活動についてどのようにお考えですか。
そうですね。「縁の木」が息子の将来の仕事の選択肢を増やすために役に立てばいいなと思っているというのはお話した通りで、長いスパンで、事業を少しずつ大きくして、障害のある方を何人か雇える規模を目指しています。
「縁のわ」の活動は、息子を含めた障害のある子が地域を理解し、逆に地域にも障害のある子を理解してもらえるよう、誰もが交流ができる場を提供することを目標にしています。ですから、食事だけでなく、勉強を一緒にしたり、活動内容を広げていくことも視野に入れています。
そして、私が人生をリタイヤしてからも、これらの事業が続くよう、いつかは誰かに引き継ぎたい。「縁の木」や「縁のわ」は、息子より先に死ぬであろう私の、長い「終活」の一環でもあるのです。

店内で接客中の白羽さん

―様々な周囲の声へもしなやかに対応し、自分の人生の終わりを意識しながら育Workをされている白羽さんのお話は、日々、小さな事で右往左往してしまう私の心に響くものがあります。そして、会社員時代から尊敬する白羽さんのこれまでの人生と根底にある考え方を改めて聞くことでき、感慨深いものがありました。ご協力本当にありがとうございました。

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ABOUTこの記事をかいた人

小林麻理

ライター、社会保険労務士、本サイト運営人。執筆・編集オフィスライト(https://officewrite.wordpress.com)、社労士事務所ワークスタイルマネジメント(https://workmanage.net)代表。1978年千葉県生まれ。2000年早稲田大学法学部卒業、NTTデータ入社。2003年に出版社(商業界)に転職、その後、翔泳社を経て、2013年3月に独立。現在、2歳の娘の育児中。